関ケ原ウォーランド謎解き紀行 その1「幻の川中島ウォーランド!?」

「ノーモア関ヶ原合戦じゃ!」
今日も熱く魂のメッセージを叫ぶ武田信玄の“亡霊”。
もうウォーランドではすっかりおなじみの光景であるが、きっと誰もが思うはず。「何でここにいるの?信玄さん??」
しかしこれにはものすごい事実が隠されていたのである!
まずは先日訪問してきた関ケ原ウォーランドの最新情報を。
近年は関ケ原ウォーランド、五色園、桃太郎神社などのコンクリート像の作者である浅野祥雲さんの活動と作品が再評価され、浅野祥雲研究家・大竹敏之さん主宰による『浅野祥雲 作品再生プロジェクト 五色園修復活動』(私も参加しています)も行われるなど活発な動きを見せています。
そんな中、関ケ原ウォーランドでもうれしい動きが。
なんとこちらでも一昨年より独自に作品の修復を行っているそうで、武将の皆様方もお色直しされて一段と迫力を増しましたぞ!


見よ!このリアルな表情!
もう今にも動きだしそうな感じさえします。とくに目力がスゴすぎです。

こちらは司馬遼太郎『おれは権現』の主人公、可児才蔵。

そして才蔵に組み敷かれている武将。見てください、この迫真の表情!
戦場での命をとるかとられるかの緊迫感がビシビシと伝わってきます。


もちろんこの方たちもお色直し……、一段と大迫力!
とにかく今回の塗り師の方はただものじゃありません。
今後も関ケ原ウォーランドでは少しずつコンクリート像の修復を進めていくそうで楽しみですね。
そしてもう一つ新たな動きが!
なんとこの度、関ケ原ウォーランドに新館長さんが就任されました!
戦国時代、とくに石田三成の大ファンとのことで、やはり決戦の地関ヶ原で働きたいとのことで関ケ原ウォーランドに転職されたという素晴らしい心意気の持ち主の御方です。その情熱を生かしたリニューアル企画を今後どしどし行っていくそうですよ!(先日も今後の参考にしたいと五色園修復活動にもご参加くださいました)
皆の者!生まれ変わった関ケ原ウォーランドへと、いざ参るのじゃ~~っ!!
関ケ原ウォーランドの館長さんによる公式ツイッターも始まりました。
皆の者!こちらもどしどしフォローするのじゃ!!
さてここで本題。

常々、何で「関ヶ原の戦い」に武田信玄が唐突に登場?と疑問に思っていたのですが、前述の浅野祥雲研究家・大竹敏之さんにある一枚の写真を見せてもらった時、その謎を解くカギが見つかりました。
それは以前私がプロデュースした大竹さんとの共演イベントの準備の中、資料としてご提供いただいた「浅野祥雲さんの製作風景」の写真で、そこには出来上がった作品をトラックに積んで出発しようとしている祥雲さんの姿があったのですが、トラックに積まれた作品をよく見てビックリ!なんとこの「武田信玄」じゃないですか!
さらによく見れば隣には騎馬武者の像もあり、これを見てさらにビックリ!なんと写真の横に「上杉謙信」と記載されている~っ!
つまり関ケ原ウォーランドの武田信玄像は、本来は上杉謙信像と一組で作られたもので、川中島の戦いの名場面「三太刀七太刀」を再現していたのである!もしかして『川中島ウォーランド』も作ろうとしていた!?
私も大竹さんも改めてこの衝撃の事実を発見して驚いたのですが、残念ながら謙信像の行方はわからず、何らかの事情で謙信像が失われて、信玄像だけが関ケ原ウォーランドに引き取られたのではないかという推測に至ったのでした。
ところが、今回関ケ原ウォーランドを再訪してじっくりと一体ずつ調査を行ったところ、こんな武将像を発見。

おぉ!この頭巾を被った後ろ姿は!?


上杉謙信~~~ッ!!!
まさにこれこそ祥雲さんの写真にあった上杉謙信像です!
「幻の上杉謙信像」はなんと関ケ原ウォーランドに現役で活躍していたのです!
でも何で今まで気付かなかったんだろう。
そして足元にある武将名の札を見てみると…、

えっ、稲葉貞通!?
どうやら上杉謙信は稲葉貞通として転生されていたようです…。

両将の位置関係はこんな感じ。信玄像から一体挟んで後ろに謙信像。
あまりにも近すぎて気付かなかったよ…、ああ灯台もと暗し。
この両将の像が関ケ原ウォーランド用に作られたものかどうかはわかりませんが、私が推測するにこの両将の像がこちらに持ち込まれた時、関ヶ原の戦いに川中島の両将がいるのはちょっと場違いということで、上杉謙信は稲葉貞通として転用され、独特の総髪獅子噛前立兜の「諏訪法性の兜」を被り、武田家の花菱入りの軍配を持った武田信玄はさすがに誰にも転用できず、苦肉の策で“亡霊”という設定で登場させたのかも。
川中島の一騎打ちは幻に終わってしまいましたが、結果的に関ケ原ウォーランドの主旨を伝える「ノーモア関ヶ原合戦」の名キャッチコピーを生み出したきっかけとなったので、私的にはナイスな転生だと思います。


幻の浅野祥雲作「信玄像VS謙信像」の一騎打ち!!
関ケ原ウォーランドのウラの楽しみ方として、この幻となったドリームマッチに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
(2011年4月)
※追記
2012年4月28日(土)発売の「車内泊マガジン Vol2」(笠倉出版社)で、関ケ原ウォーランドを特集しました。
ぜひお読みください!
詳細はこちら
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