プロフィール

  • 坂原弘康
    (神社仏閣専門家 大仏専門家)


    群馬県高崎市出身(現在東京都在住)。
    「神社仏閣専門家」「大仏専門家」として、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など各メディアで活動。
    著書に日本初の大仏専門書『大仏をめぐろう』。


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2012年6月 1日 (金)

【大仏巡礼】東京の“大仏をめぐろう”

今回の【大仏巡礼】のテーマは東京。『東京の大仏』です。

実は大都会東京にも沢山の素晴らしい大仏様がいらっしゃいます。
身近でできる“大仏巡礼”。さあ、東京の大仏様たちに会いにいきましょう。

 

●奈良、鎌倉と並ぶ「日本三大仏」の一体が東京に「東京大仏」

Tokyo03

東京の大仏といえば、まず紹介したいのがこちらの大仏様。
板橋区・乗蓮寺のその名も「東京大仏」。昭和52年の開眼です。

ところで大仏界では「日本三大仏」というものがあって、日本を代表する三体の大仏をそう呼んでいます。
そのうち二つはご存知「奈良の大仏」「鎌倉大仏」の国宝二大仏ですが、実は三番目とされていた「京都の方広寺大仏」が焼失してしまい現在未確定状態であり、全国各地の大仏が三番目として名乗りを上げています。

実はこちらの東京大仏もその候補の一体。
奈良、鎌倉、京都、そして東京とそれぞれ大仏建立当時の政治の中心地であり、「日本三大仏」の一体にふさわしい堂々たる姿の大仏様です。お寺の近所にはその名を冠した「東京大仏通り」があり、地元民にも親しまれています。

 

他にも岐阜大仏、高岡大仏、兵庫大仏などが候補として名乗りを上げていますが、決して大仏同士がいがみ合っているわけではなく、それぞれ“我が街の大仏様”を通じて、郷土への誇りや親しみといった熱い思いをひしひしと感じます。

全国各地には沢山の素晴らしい大仏様がいらっしゃいます。
ぜひ皆さんもお気に入りの大仏様を見つけて、“オリジナル日本三大仏”を決めてみてはいかがでしょうか。

 

●その姿に秘められた歴史、大仏様たちの流転の人生

東京の大仏にはこんな不思議な姿の方もいらっしゃいます。

Tokyo01

台東区・上野公園の一角に鎮座する「上野大仏」
なんと顔だけの姿です。そしてなぜ上野公園に大仏がいらっしゃるのでしょうか。

実は上野公園は元々徳川家菩提寺の寛永寺の境内であり、そこに建立されていた大仏様が現在も上野公園にまつられているのです。
それにしても何で顔だけの姿に? 元々は高さ6メートルを誇る座像の大仏だったのですが、関東大震災によって頭が落ちてしまい、その後も戦時中に顔のみを残して供出されてしまったとのことで、知る人ぞ知る存在としてひっそりとまつられていました。
しかし大仏様に大きな転機が。なんと顔だけのこの姿と由来から「これ以上落ちようがない」ということで、現在では「合格大仏」として受験生たちの守り仏に。パンダも顔負けの今人気急上昇中の上野公園の“ビッグスター”です。

 

さらにもう一体東京には頭だけの姿の大仏様がいらっしゃいます。

Tokyo06

その名も中央区・大観音寺に鎮座する「鉄造菩薩頭」
こちらもなんと頭部のみの姿で、観音様だといわれています。作例の少ない鉄仏の代表作でもあります。毎月11日、17日のみの御開帳です。

この観音様も秘められた流転の歴史があり、元々は鎌倉時代に北条政子が鎌倉に建立した新清水寺の本尊であったと伝えられ、本家である京都・清水寺の本尊の千手観音を模したものであるならば、本来は千手観音であった可能性もあります。
しかしこの新清水寺は火災によって失われてしまい、本尊の観音様も長い間行方不明となってしまいましたが、江戸時代の元禄12年に鶴岡八幡宮前にある井戸を掘り返したところ、なんと頭部のみとなった観音様が出現!霊験あらたかな「鉄観音」としてまつられるようになりました。
しかし観音様の流転の人生はここで終わらず、明治時代の廃仏毀釈によって打ち捨てられてしまい、それを江戸の人々が引き取って、客仏として大観音寺に安置されることになったそうです。

ちなみに住職さんのお話によると「大観音寺」の名前の由来はこの鉄観音様のことではなく、大観音寺には別に本尊として約4.8メートルの大観音様があったそうで、そちらが関東大震災で失われてしまったため、現在は鉄観音様が代わって本尊となったとのこと。ちなみに現在秘仏の鉄観音様の身代わりとして厨子の前に立っておられる観音様は本来の本尊の破片を使って新しく作られたものとのことで、いつの間にやら立場が交代しているのも不思議な縁ですね。
最近でも昨年の震災の折に、鉄観音様が動いて東の方角を向いたという出来事もあり(これをきっかけにして、震災復興を祈念するために毎月11日が新しく開帳日に加えられました)、現在進行形で新たな伝説を生み出している観音様です。

 

●東京の大仏にまつわる数字、「九」、「五」、「六」

続いては東京の大仏を、それにまつわる様々な数字をテーマにして紹介していきましょう。

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まずは「九」。この数にちなんだ大仏様のお寺は世田谷区・浄真寺。
なんとこちらには一体だけではありません。ズラリと九体の阿弥陀如来の大仏様がいらっしゃいます。

この九体の阿弥陀如来を「九品仏」といい、生前の行いによって九通りの極楽往生の仕方(大きく分けて、上品、中品、下品の三段階、さらにそれぞれ上生、中生、下生に分かれて全九段階)があることを表したもの。付近にある東急線の駅名にもなっています。
上品堂、中品堂、下品堂の三つのお堂に三体ずつ、計九体の阿弥陀如来の大仏様が一度に拝めてしまう、まさに大仏ファンには夢のような場所です!(※通常は閉堂しているので、ガラス越しの参拝となります)

 

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次は「五」。この数にちなんだ大仏様のお寺は品川区の養玉院如来寺。
こちらにいらっしゃる大仏様は、大日如来を中心にして、薬師如来、宝生如来、阿弥陀如来、釈迦如来の四方を司る四如来(※こちらではこの四如来の組み合わせ)がズラリと並んだ「五智如来」
堂内に広がる立体曼荼羅!こちらもまさに至福の空間です。

 

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最後は「六」。六といえばおなじみの「六地蔵」。
東京にも「江戸六地蔵」と呼ばれる六体の大きなお地蔵様がいらっしゃいまして、それぞれ江戸への出入口六ヶ所に旅の守り仏としてまつられています(段左より品川寺、東禅寺、中段左より太宗寺、真性寺、下段左より霊巌寺、浄名院 ※本来の永代寺のものは廃仏毀釈で失われたため、明治時代に浄名院に再建)

旅人たちを優しく見守り続けた江戸六地蔵様。当時に思いを馳せて巡ってみてはいかがでしょうか。

 

●現代も愛される東京の大仏様たち

江戸時代だけではなく、現代でも東京では新たに大仏様が建立されています。
現代ならではのちょっとユニークな大仏様たちをご紹介します。

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世田谷区・妙法寺の「おおくら大仏」
一見ごく普通の大仏様に見えますが、実はスゴイ仕掛けがあり、朝と夕の一日二回、台座が半回転して体の向きが変わります。
昼は境内、夜は車道の方向を向いて、24時間休まず私たちを見守ってくださるとっても有難い大仏様です。

 

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江東区・法乗院の大仏様は冥界の裁判官である「閻魔大王」
その御利益は閻魔大王お得意のうそ封じをはじめ、どんな願い事もおまかせ。それぞれの願い事に応じた穴にお賽銭を入れると、堂内は光と音に包まれ、閻魔大王より有難い託宣をいただけます。比喩ではなく、本当にメッセージが流れますよ。

 

今回紹介した他にも東京にはまだまだ素晴らしい大仏様たちがいらっしゃいます。
●坂原流【大仏名鑑】(南関東)

東京にお住まいの皆さん、あなたのご近所にも大仏様がいらっしゃるかもしれませんよ。

さあ、あなたも東京の“大仏をめぐろう”。

 

 

大仏様、巨神様めぐりの参考に
日本初の大仏専門書 『大仏をめぐろう』 (文・写真 坂原弘康)

 

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