プロフィール

  • 坂原弘康
    (神社仏閣専門家 大仏専門家)


    群馬県高崎市出身(現在東京都在住)。
    「神社仏閣専門家」「大仏専門家」として、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など各メディアで活動。
    著書に日本初の大仏専門書『大仏をめぐろう』。


    メディアへの出演および取材協力、商業誌への執筆および取材協力など、各種仕事のお問い合わせは「依頼内容」「依頼料」を必ず明記の上、ご連絡をお願いいたします。
    (各種ご依頼は全て「有料」にて承ります)

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2012年12月 3日 (月)

『福光園寺勉強会』ご来場御礼

★坂原弘康ゲスト出演!12月2日(日)『福光園寺勉強会』無事終了いたしました。
皆様ご来場ありがとうございました。

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山梨県笛吹市にある真言宗のお寺、福光園寺にて開催の『福光園寺勉強会』にゲスト講師として出演いたしました。
今回は福光園寺にも縁の深い“弘法大師”について「現代にも生きるお大師様 =弘法大師信仰のさまざまなかたち=」と題して、お話しいたしました。
地元笛吹市の皆様をはじめ、県内外より多くの皆様にご参加いただき、まことにありがとうございました。

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真言宗の開祖であり、人々に仏の心を説いた弘法大師は、今もなお人々を救い続けているとされ、「お大師様」と呼ばれて、真言宗のみならず宗派を超えて親しまれている存在です。我が国では仏教の諸尊と並んで、多くの人々の信仰を集めています。
その人々のお大師様を慕う心は、様々な信仰のかたちを生み出しました。

まずは「大弘法」。文字通り、大きな弘法大師の像のことで、大仏サイズの大きさのものが全国各地に建立されています。お大師様の偉大な姿をあらわしたいと、このように大きな姿であらわされるようになりました。
新潟県新潟市の弘源寺弘法大師、愛知県春日井市の勝川大弘法、愛知県尾張旭市の愛宕山厄除弘法大師、愛知県蒲郡市の子安弘法大師、高知県室戸市の青年大師、宮崎県延岡市の今山大師など、大仏では如来像、観音像に次ぐ数を誇り、その人気を窺い知ることができます。

続いて「歳弘法」。こちらはお大師様の生涯をビジュアル的にわかりやすく伝えようと、1歳の誕生から62歳で入定するまでを、それぞれの歳ごとに1体ずつの像であらわしたものです。ズラリと並んだお大師様の像を順々に見ていけば、その生涯の様々な事績がわかるようになっています。
とくにユニークなのが、両手、両足、そして口と、5本の筆を持った姿であらわされた像。これは5つの書体に精通していたことから、中国の皇帝より「五筆和尚」の称号をもらった書の名人であるお大師様をあらわしたもの。お大師様の信仰は、このような様々な姿のお大師様も生み出しています。

また弘法大師信仰のかたちの最も有名なものとして、お大師様の出身地である四国の霊場を巡る「お遍路」があります。現代も多くの人々が四国を訪れて、お大師様の足跡を辿っています。
しかし、交通手段の発達した現代だからこそ、現地の四国にも比較的容易に行くことができるようになりましたが、昔は簡単に誰でも行けるというわけではありませんでした。そこで生み出されたのが「写し霊場」というものです。
これは四国霊場のミニチュア版といえるもので、お大師様やそれぞれの札所のご本尊様の姿をあらわした石仏を並べて、それを巡ることによって四国巡礼をしたのと同じご利益があるとされました(四国霊場の他にも、西国、坂東、秩父の観音霊場などもあり)。

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今回の会場でもある福光園寺にもお大師様にとても縁の深いものがあります。
それは境内にある「牛池」。全国各地には「お大師様が杖をついて湧かせた」という名水や温泉が数多く伝わっていますが、この牛池もその一つ。お大師様がこの福光園寺を訪れた際に湧出させたものとのことです。
こうした伝説もただのおとぎ話というわけでもなく、弘法大師が唐に渡った時に、仏教の教えとともに土木技術も学びました。それを用いて香川の満濃池の灌漑工事を行ったという事績も実際にあり、全国各地には弘法大師の教えを継いだ高野聖たちが出向いて灌漑工事の指導を行ったそうです。全国各地に伝わる“お大師様の湧き水”伝説はそうした弘法大師の心を伝えているのだと思います。

そして私自身もお大師様とはとても身近なことで縁がありまして、私の名前「弘康」の「弘」の字も、実は「弘法大師」に由来します。
ちなみに「康」は、「徳川家康」の「康」です。
名前負けしないようにこれからも精進いたします!

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そして現代に生きるお大師様の信仰のかたちとして、宮崎県高鍋町の「高鍋大師」についてもお話しいたしました。
高鍋大師はお大師様を信仰していた高鍋町在住の岩岡保吉さん(僧名 弘覚)が昭和時代に開創したお寺です。とにかく素晴らしいのがその半生をかけて彫り上げた700体以上の石仏群。お大師様と同じく香川出身の保吉さんは高鍋町にて精米業で成功した後、40歳の時、自分自身の手でこの地に四国の写し霊場を作ることを思い立って石仏作りを始め、四国の写し霊場の石仏群から始まり、最終的には7~8メートル級の大石仏群まで制作。大小様々な石仏たちが境内にズラリと立ち並ぶ光景は本当に感動的です。とくに9体ある大石仏群はいずれも70~80代に手がけたもので、そのバイタリティーには驚きを感じずをいられません。信仰のかたちに、古いだの新しいだの、そんなものは関係ないのです。

現在も保吉さんの石仏たちは町の人々に愛され続け、さらに近年では郷土の偉人保吉さんの事績を知ってもらおうと、高鍋大師の石仏をメインにしたパンフレットの作成、高鍋大師の石仏をモデルにしたキャラクター「たか鍋大使くん」が登場するなど、「町おこしのシンボル」としても活躍しています。お寺が町おこしのきっかけとなっている参考事例の一つとしても、紹介いたしました。

このようにお大師様を慕う人々によって、弘法大師信仰は様々なかたちとなって発展してきました。
そしてそれは弘法大師信仰だけのことではなく、祈りの世界全体を通して、日々新しいものが生まれています。それは“仏教が生きている証拠”です。人の数だけ“思い”はあるのです。
これからも様々な信仰のかたち、そしてそこにこめられている人々の思いを紹介し、神社仏閣の魅力を伝えていきたいと思います。

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今回の福光園寺勉強会では住職さんによる「葬式における経」についてのお話しもありました。お経にはどのような意味があるのか、それぞれの儀式がどのような意味を持っているのか、とても勉強になりました。
福光園寺では今年度より、次世代である副住職さんを中心に、お寺がさらに「世代を超えて人々が集える交流の場」となれるよう、勉強会の他、音楽会、映画会、ヨガ教室など、様々な活動を行っています。
私も以前より福光園寺には参拝していましたが、縁がありましてそうしたお寺の皆様の活動をお聞きして、何かお役に立つことができたらと思い、今回勉強会にてお話しさせていただきました。
このような機会をいただきまして、まことにありがとうございます。

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