プロフィール

  • 坂原弘康
    (神社仏閣専門家 大仏専門家)


    群馬県高崎市出身(現在東京都在住)。
    「神社仏閣専門家」「大仏専門家」として、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など各メディアで活動。
    著書に日本初の大仏専門書『大仏をめぐろう』。


    メディアへの出演および取材協力、商業誌への執筆および取材協力など、各種仕事のお問い合わせは「依頼内容」「依頼料」を必ず明記の上、ご連絡をお願いいたします。
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2014年9月 8日 (月)

『神社仏閣専門家・坂原弘康の仏像めぐりバスツアー 千葉編』ご参加ありがとうございました

★9月7日(日)開催『神社仏閣専門家・坂原弘康の仏像めぐりバスツアー 千葉編』無事終了いたしました。
皆様ご参加ありがとうございました。

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今回は「日本唯一の大仏専門家」である私ならではの千葉県の大仏様めぐりバスツアーを開催いたしました。

大きな身体で私たちを優しく温かく見守ってくださる大仏様たちの魅力をご紹介するバスツアーです。

 

今回は千葉県中部地域の古寺を訪ねました。
それぞれの地域で長年信仰されてきた大仏様たちの“こころ”を知ると共に、美術的にも一木造(いちぼくづくり)、割矧造(いちぼくわりはぎづくり)、寄木造(よせぎづくり)といった木彫の様々な技法や「鉈彫」「鉄仏」といった独特な像も間近で鑑賞することができるコースを選びました。

 

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市原市・日光寺の聖観音菩薩立像(平安時代)

日光寺は奈良時代創建といわれる古刹で、現在は平安時代の聖観音菩薩立像が伝わり、地域の人々によって守られています。
像高3.27メートル、サクラの巨木を使った堂々たる一木造の像です。頭から足まで一本の木で作られ、巨木そのままの大きさと温もりを感じます。
一木造の像は干割れを防ぐために背中から内部を刳り抜く「内刳(うちぐり)」が行われますが、こちらの像は背面も見ることができますので(こちらの像は天然の洞を利用したもの)、そうした構造を鑑賞する良い機会にもなりました。

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市原市・山口地蔵堂の地蔵菩薩座像(鎌倉時代)

木造で日本最大級の像高2.75メートルを誇るお地蔵様。元々は近くにあったお寺にありましたが、現在は山口地区の人々が守る地蔵堂にまつられています。
こちらの像はヒノキの寄木造。寄木造は平安時代後期に始まった技法で、それまでの一木造とは違い、複数の材を利用して身体部を作ることができますので、以前よりも容易に大きな像を作るための材を入手することができ、さらに材を組み合わせることによって、いくらでも大きな像を作ることができるようになりました。まさに「日本の大仏史」にとっても寄木造の登場は画期的な出来事でありました。

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いすみ市・大日堂の仏頭(鎌倉時代)

高さ1.13メートルの鉄造の菩薩形仏頭で、地元では大日如来として人々に代々守られてきました。
鉄造の仏像「鉄仏」はとくに鎌倉時代に流行したもので、銅造の仏像とはまた違った力強さが魅力的です。鉄は扱いが難しい素材で、一般的に銅仏と比べて仕上げが荒くなりがちの鉄仏ですが、こちらの像は大変滑らかな造形で、高い鋳造技術を感じます。今回はなぜ鎌倉時代に鉄仏が流行し、どうして衰退してしまったのかということを、私独自の観点で当時の時代背景や金属の性質などから解説させていただきました。

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いすみ市・海雄寺の釈迦涅槃像(江戸時代)

全長5.16メートル、堂々たるお姿の銅造の寝釈迦様です。江戸時代に近隣の村人たちの寄進によって建立され、明治時代に現在の海雄寺にまつられるようになったそうです。
江戸時代は全国各地でこのように民衆たちによる大仏造立が行われるようになり、千葉県でも鎌ケ谷市の鎌ケ谷大仏、市原市の奈良の大仏、船橋市の駒形大仏、銚子市の円福寺大仏などが建立されました。まさに江戸時代の大仏様は、仏教が民衆たちのものとなり、その厚い信仰を現在に伝える素晴らしいものです。こちらの像にも身体に沢山の寄進者たちの名前が刻まれ、厚い信仰を伝えています。

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睦沢町・妙楽寺の大日如来座像(平安時代)

妙楽寺は平安時代に慈覚大師円仁によって創建されたと伝えられる古刹で、大日如来、不動明王、毘沙門天の三尊をまつっています。
大日如来座像は像高2.8メートル、カヤの一木割矧造の像です。割矧造とは一木造の像をいったん二つに割って内刳をする技法で、平安時代後期に流行いたしました。後の寄木造へとつながる技法として注目されます。脇侍の不動明王、毘沙門天像も平安時代の一木造で、毘沙門天像には表面に彫り跡を残す独特の「鉈彫」(平安後期〜鎌倉初期に東日本で流行)も見られ、平安後期の仏像の特徴をじっくり鑑賞することができました。


というわけで、今回は上記五か所の千葉の大仏様をめぐりました。
京都や奈良と比べ、取り上げられられる機会の少ない関東の仏さまたちですが、このように大変魅力的な仏さまが沢山いらっしゃいます。

それぞれの地元で人々を見守り、そして大切に守られてきた大仏様。
その大きなお姿には人々の“こころ”がこめられています。

これからもそんな日本の素晴らしい原風景を伝えていきたいと思っています。

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